詩と歌
2012-01-28
文学百年の難問
ダダはこのようなものであるとか、ダダは何物でもないとか、100年近い昔、ダダは盛んに宣言を発したが、宣言どおりのダダな詩をダダが書くことはなかった。というか、書けなかった。
それより少し前、ちょうど100年前の1912年、未来派もこんなことを言った。
  • 名詞を思いつくまま並べて統辞法を破壊せよ。
  • 動詞を不定法のまま使え。
  • 形容詞を廃止しろ。
  • 副詞を廃止しろ。
けれども、未来派も未来派な詩を書くことはできなくて、政治に行ってしまった。そのほうがモテるから。
彼らと並走した超現実主義も同じ。ああだこうだと言うだけは言ったが、そのとおりの超現実な詩は書けなかった。
形容詞とか副詞とかいらないんだよ。動詞の活用もいらない。
でも、形容詞や副詞を使うとモテる。
モテが文学の邪魔をしている。モテは文学の動機なのだから、難問である。
2012-01-26
眠れぬ夜は警察無線を

- You are listening to San Francisco

警察無線とアンビエントのマッシュアップで味わう都会の夜感。
ソースは、RadioReference、SoundCloud、Flickr。

アンビエントなトラックと美麗な夜景写真をバックに、ニューヨーク市警やサンフランシスコ市警カリフォルニア州警察ハイウェイパトロールの無線音声がストリーミングで淡々と流れてくる一風変わったリラクシング・ネットラジオ youarelistening.to
- ■ 音楽方丈記 ■ - アンビエントなトラックをBGMにNY市警やSF市警の無線音声が淡々と流れるネットラジオ
2012-01-21
ザ・ムーン
すっかり忘れていたが
人類は滅亡して
それきり再生していない
憶えてるかね
憶えているはずはないが
地球をおおうカビにやられて人類は壊滅
残ったのは巨大ロボットのザ・ムーンだけ
だから化生の者どもよ
お前たちはザ・ムーン=俺の
見ている夢にすぎない
疑うのかね
それとも楽になったかね
どちらにしても
俺自身が人類の夢として作られたのだから
お前たちが人類の夢を見るのを
不当だとは言うまい
2012-01-20
吟遊グッズ kaossilator 2、mini kaoss pad 2
ギターさえ弾ければ人生の問題はだいたい解決する。
少しは知られた俺は名のあるギター弾きだから、即席のライブなんかでもすぐ人は集まってきて、実入りはそこそこ行くし、女性にももてまくりだし、家に呼ばれて食事や風呂をいただいたり泊ったりもいつものことだし、人生って楽しいなあ、楽だなあ。

というようなことであればいいのだが、現実はといえば楽器も DTM もとっくにあきらめて、音楽なんか知らなくても使える手軽なツールはないかと、そんなことしか考えてないのだが、今度 KORG から出るという kaossilator 2 は吟遊ツールとしてかなり理想に近い。手のひらサイズのシンセ KAOSSILATOR の後継機だが、新モデルは外部音声も使えるという。



こちらの mini kaoss pad 2 もいい。



両方とも欲しいが、2台いっしょに使うのはかえって格好悪い気もする。
1台だけ使うとしたら、mini kp2 だろうか。ただし、こちらには音源は入ってない。シンセプログラムが10本搭載されているが、たぶんノイズみたいなもののはず
2012-01-20
はやり歌
豚はころりと、豚はころりと
谷の底からよせばよかった
舐められて、山門の甍(いらか)を隠す、餅や

牛はころりと、牛はころりと
蝶は舞い舞う、ひらりひらり
踏まれても、照る月の激しかれとは、沼や

馬はころりと、馬はころりと
采女の村におりおりの木々
抜きつれて、竹やぶの行方をたのむ、雲や
2012-01-15
水菓子屋
手をつないで水菓子屋を出た
「それでは、ごきげんよう」
「それでは、ごきげんよう」
あいさつをして右と左にわかれる
不思議なことに、洋杖が鼻へ触わりさえして
「豚はころりと、豚はころりと
 谷の底からよせばよかった
 舐められて、山門の甍を隠す、餅や」(
そんな歌を歌いながら帰った
今度また手をつないで
水菓子屋から出てくる日まで
2012-01-13
透明人間の作り方

- Projected Instruments - YouTube
2012-01-06
私の彼が左利きだった頃
いる。しょんぼりしている。
このごろ「いる」から発想することが多い。
たとえば、街なかでヴィーナスがしょんぼりしている。
それは現在形なのか、現在進行形なのか、不定形なのか。
不定形だろうと思う。
というか、不定形でありたいという願望がある。
ミロのヴィーナスだから、裸である。
私の彼が左利きだなんて、いやねえ、そんな歌を子供に歌わせるなんて。
そんなことを思って、苦笑している。
よく見れば、しょんぼりなどしていない。
苦笑しているのである。大人の笑いである。
腰にも胸にも厚い肉と脂をつけて、なまじの愛撫ははねかえす。
そういう大人の女になって、私の彼が左利きだった頃を思い出している。
そのあいだにも、仲間の自由の女神やツインタワーに突入する旅客機の姿が浮かぶ。
ヴィーナスだから、私はだいじょうぶ。
波に飲まれても死ぬことはない。
千年ほどしたら、また掘り出されて美術館に飾られる。
ということは、やはり私は現在形なのかしら。
永遠の現在とか言ってみる。うふ。
それとも不定形かしら。
過去と未来は幻想で、現在だけが実在する。
そういう仮説も立ててみたが、たしかな理論にできるのか。
私の彼が左利きだった頃の記憶があるという。
2012-01-04
私の百頭女
マックス・エルンストの『百頭女』をまねて、私の『百頭女』をつくる。
ヴィーナスのかわりに瓢箪鯰をつれてくる。
幾山河を越えて、あそこにもここにも瓢鮎図の男。
「風刺ですね」と人が言う。
予期したことなので、私は驚かない。
この世は瓢箪でナマズをつかむようなものだと、
そう言われてるのだから、そう取られるのはしかたない。
だけど違う。
時と所を越えて出没する瓢鮎男。
それだけの面白さでなければならない。
瓢鮎男を出したときから、
意味を問われてしまうことはわかっていたのだが、
至りませんで、とは言わない。
いつだって火山性の女たちが、後部を持ち上げて揺さぶると、
それは威嚇だと受け取る者がいる。
肉体培養。あるいは――お望みなら死を。
そうエルンストも言っている。
時と所を越えて、あそこにも瓢鮎男、ここにも瓢鮎男。
そして沼のほとりでは、
「弟実休、討ち死にせり」
と三好長慶が叫んでいる。
「我これより、戦場におもむかん」
ヴィーナスも少しだけ出る。
百枚の版画だとして、一枚の遠景にヴィーナスがちらっといる。
私の彼が左利きだったりもする。
2011-12-30
風師
だったら、人でも斬ろうか

風師というのは
風を起こす技能者です
売れない田舎わたらいを見限って
都へ上るのですが
風、買わんか
大きな鎌を肩にかついで
おらび歩いても
すでに埃立つ都大路
ここでも風を買う者はありません

だったら、人でも斬ろうか

職業的暗殺者の前身は
疲れた風師であることが多い
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